島田U遺跡

島田U遺跡   宮古市大字八木沢

岩手県立宮古短期大学の裏山(後背地)に、岩手県住宅供給公社が宅地造成事業を行う際に
緊急発掘された、平安時代前期(10世紀)の鉄生産関連集落跡である。
JR東日本宮古駅の南方約2.5qに位置し、遺跡の北東部には島田遺跡の調査が行われた
県立宮古短期大学が接しています。

1999年度の調査以降の累計では、竪穴住居跡150棟、鍛冶工房跡80棟にのぼっています。

遺跡最上部付近から


同 宮古湾を望む
平成11年4月19日〜10月29日に調査した
(財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センターの報告によりますと、


竪穴住居跡
東西両側にある標高50m以上の大きな尾根に位置しています。
建てられる場所は限られ、同じ所で何度も建て替えが行われていました。
形と大きさは、隅に丸みのある四角形で一辺4〜5m前後のものが多く、
最小は一辺約2,5m、最大で約7mのもあります。
カマドはトンネル状の割り貫き式の煙突がほとんどで、
カマド本体は粘土だけで造られたものと石を芯材としているものがあります。


鍛冶工房跡

鍛冶炉は、2種類あり、原料鉄を精錬するための炉(精錬鍛冶炉=大鍛冶の炉)と、
精錬した鉄から鉄製品を製作するための炉(鍛錬鍛冶炉=小鍛冶の炉)が同時に操業していたと考えられます。
また、2種の鍛冶炉のほかに、鉄津・炉壁等の廃棄場と、燃料のための炭窯群も併存していたようです。
精錬鍛冶炉(大鍛冶炉)は、沢の斜面上に立地し、平面形は長軸150cm、短軸110pの楕円形で、断面はお椀の形です。
斜面下方には、廃棄された多量の鉄滓や炉壁、羽口が散在しており、炉壁は藁のような植物繊維を混ぜた粘土で構築されていました。
鍛錬鍛冶炉(小鍛冶炉)は、いくつかのタイプがありますが、大きなものは直径120cmほどの円形の炉で、周辺からは鍛錬の際に生じた鍛造剥片が見つかっています。
鍛冶炉には、いずれも炉下部の掘り方があり、防湿や高温を保つために整備されたものと考えられます。
また関連する作業場や溝跡、上屋を構成する柱穴が発見されています。


炭窯
 木炭を焼成したと考えられる土坑は、平面がひょろ長い楕円形と略円形のものがあり、
前者が主体的で形態から古代のもの、後者はそれ以降のものと思われます。
壁の立ち上がりについては、ほぼ垂直に立ち上がるものと、二湾曲するものの2種があります。
底面および壁面が火熱を受けて赤褐色に変色したり、埋土中に多量の炭化物を含むことから、
これらの土坑は簡便な木炭焼成土坑(伏せ焼きの土坑)と推測できます。
平面形や構築場所によって木炭の用途が異なる可能性があり、鉄製品を作るための燃料を供給するための遺構と考える事ができます。
(サンプルした木炭かすの分析ではすべて栗の木が使用されていました。)









(このフィールド・ワークによる 遺跡への立ち入りは、岩手県住宅供給公社の許可を取っています)

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