国道106号線を宮古に向かって
へいかいどう 閉伊街道
宮古街道ともいう。
盛岡市旧呉服町国道分岐を起点とし、
中野 〜 簗川、下閉伊の門馬 〜 川井 〜 茂市 〜 千徳 〜山口を経て宮古に至る。
延長27里9町44間3尺6寸(約109km)。
この街道は古くから開通しており、政治的には南部藩庁への連絡路として、
また経済的には閉伊海岸で生産される海産物を内陸に運び、
帰りの牛馬に米雑穀を積んで運ぶ重要な、いわゆる五十集(いさば)街道であった。
川沿いの難所を避けての険しい山通が多く、
付け替えや改修が繰り返され、次第に川沿いの道路となる。
盛岡 〜 宮古間は2泊3日の行程で、記録によると1654年(承応3)の大改修や、
天和年間(1681〜1684)の記録には、盛岡 〜 宮古間に15カ所の地名・里程が示され、
何カ所かには馬継ぎ所も置かれていたらしい。
1751年(宝暦元年)から牧庵鞭牛による改修、
1823年(文政6)の五戸町の富豪藤田武兵衛らの改修、七里塚築造などは特に有名で、
江戸時代の街道維持の苦労がわかる。
明治以降県道に移管。
現存の国道106号線(盛岡 〜 宮古・99.5km)は閉伊街道を基に整備された。
(『新版 岩手百科事典』1988年 岩手放送刊 より)

1913年 盛岡〜宮古間の定期バスが開業されたということですが、
その昔 鞭牛和尚が苦労して通した道を、すいすいと通過。

途中には休憩場所もあり 「はい 皆さん トイレはあちらですよ」
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