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菅 原 進 著『随想 アイヌ語地名考』
(増補改定版)


柴田弘武


 元会員であった菅原進さん(現在は健康上の理由で退会)が、今年の3月に前著『随想 アイヌ語地名考』の増補改定版を出されました。氏はこれをもって『随想アイヌ語地名考』の完成とさせたいと述べられているように、長年の氏の岩手県内のアイヌ語地名研究の決定版です。
 本書の特徴については、巻頭の金田一達男氏(金田一京助博士の甥ごさん)の「発刊を祝して」の言葉に尽くされているように思いますので、その言葉を紹介させていただきます。

ア. 世にありがちなえり好みのつまみ食い的地名考や机上だけで考える地名考ではなく、岩手県下全市町村をくまなく踏査されたうえでの所産であること。
イ. その量において、採録地名812、重複地名112、合わせて924にも及び、県下各市町村平均16という驚くべき数字であること。
ウ. その質においても、多くの新説が提示されており、その中にはこれまで世の通説とされていた古い解釈を覆すに値するようなものがいくつか窺えること。
エ. 現に私たちの足下にあるアイヌ語系古地名は単なるアイヌ語の言葉の素の組み合わせではなく、その地名の中にはそれを名づけた郷土の先人であるエミシの人たちの気高い思想、信仰に基づく徳性が内在するということを示唆するものとなっていること。
オ. 文章がソフトタッチで、他説を頭から切り捨てるようなきついところがないうえに、処々に地名にかかわる興味ある伝説なども織り込まれてあり、読む人をして飽きさせない地名物語風になっているということ。


 誠にそのとおりであって、B5版560ページに及ぶ分厚い本でありながら、随所にはさまれた写真とあいまって、とても読みやすく親しみやすいものとなっています。

 これを読むと、東北地方の地名は和語で解釈することができるものがたくさんありますが、安易に和語で解釈するととんでもない間違いを犯してしまう危険のあることがよくわかります。例えば「たたら」。私は「たたら」とつけばすべて金属加工(とくに製鉄)関係の地名だと思い込んでいました。しかし金属加工とまったく関係のない玉山村日戸(ひのと)の「大石の溜まり場」を地元の人々は「たたら」と呼んでいるそうです。氏はこの「たたら」の語源はアイヌ語の「タル・タル・ケ・イ」→「タツタルケ」の実用形の「タツタル」で、その意味は「踊り・踊り・している・者(神々の石)」と考えられるというのです。

 そのゆえんを、「大石の溜まり場」の石の存在のありようからして、「たたらの沢に連なる一群の大石の溜まり場の石たちは、神住みたまう山、姫神の聖なる山の頂上から、日戸の村里に住むエミシの善男善女たちのために、大いなる神々の恵みを携えて、今まさに、天峰山の尾根の道を歌い踊りながら、一斉に下りて来つつある聖なる神々の石たちである」と解釈できるとするのです。そこに添えられた「日戸のたたら石」の写真を見ると、氏の解釈に納得せざるを得ません。

 氏は「この『踊り・踊り・している・者』という地名は、本来、小さな凹凸のある浅瀬を流れる春の清流が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いて乱舞しながら、歌声のような瀬音をたてて流れ下るうららかな春の小川の情景を捉えて名づけるアイヌ語族の人たちのすばらしい地名用語であります」と書いています。

 或いは「稲荷」なんかもそうです。私は「稲荷」といえば「ウカノミタマ」を祭る「お稲荷さん」とばかり思っていたのですが、そうばかりではなく、アイヌ語の「イナウ・ウリ」の転訛によるものもあるというのです。その意味は「幣壇の・丘」→「祭祀場の・丘」だそうで、二戸市の「呑香稲荷神社」、紫波町の「志和稲荷神社」、宮守村の「稲荷神社」などは、もともとエミシの人たちの「聖なる祭壇」があったところで、後に和人たちの新しい「農神の神社」がつけ加わったものと考えられるというのです。

 氏はいいます。「かつて、エミシの人たちは、きれいな泉のことを『カムイ・ワッカ・ウワリ・イ』=『女神の・水・産まれる・所』といって大事にし、そのような水源の泉の湧く所を、神聖な場所として崇敬し、彼らがその水を飲むときは、イナウ(木幣)を削って泉の傍らに立て、水の神に対して『ワッカ、ク・エカリ、ナ』=『水を、私・いただきます、よ』と唱えて祈りの所作をしてから飲みました。そのようなしきたりから、泉のほとりには、水の女神を祀るイナウ壇ができていました。それが、つまり、後世に引き継がれて今日の『稲荷神社』となったものと考えられるわけであります」と。

 金田一氏が指摘する「エミシの人たちの気高い思想、信仰に基づく徳性が内在するということを示唆するものとなっている」ということは、このような解釈をいうのでしょう。

 氏は岩手県内に「いなり」のつく地名が30か所以上もあり、それらが「イナウ・ウリ」系統の地名なのか、それとも近世辺り以降の「稲荷神社」の勧請によるものか、今後の課題だと述べております。

 氏のすごいところは、アイヌ語で解釈できる仮説を実証するために必ず現地に足を運んでいることです。しかもそれは1度に終わることなく疑問があれば、2度、3度に及ぶのです。例えば「飯豊(いいとよ)」です。沢内村の飯豊は、地元の人は「えんでー」と発音するのだそうです。氏はこれはアイヌ語の「エ・エン・タイ」→「エンタイ」の転訛で、その意味は「頭が・尖っている・森山」だといいます。そして沢内村にフィールドワークにでかけます。そのとき間違いなく「頭の尖った山」を発見します。やっぱりそうだ、と思ったのですが、その山は「志賀来(しがらい)山」と呼ばれていることがわかり、がっかりします。あきらめきれずに2度目に訪ねます。しかしまだためらうところがあって結論がだせず、3度目の好天の日にフィールドを実行し、志賀来山こそ本来の「飯豊森」であることを確認するのです。添えられた志賀来山の写真はまさに「頭の尖った森山」です。氏の執念に脱帽です。

 このようにして900余の岩手県下のアイヌ語地名が検証されているのですから、本書を読まない限り今後岩手県の地名は語れないと、痛切に思い知らされるのです。

 ちなみに私たちの今年の「えみし文化ゼミナール」は、宮古市の女遊戸(おなっぺ)という所で行われます。この珍しい地名(釜石市にもあります)はどうしてできたのか、本書を開いてみますと、アイヌ語の「オ・ナ・ツイ・ペ」が語源で、その意味は「川尻・の方が・きれる・者(川)」だそうです。事実ここを流れる「さい川」は、「おなっぺ」の集落を通り抜ける所で、本流の「箱石川」に合流するのですが、大雨の時には水が流れて本流に繋がるものの、それ以外の晴天続きの日には川尻付近で流れが切れてしまい、本流に繋がらなくなる現象をみせるのだそうです。まさに「川尻の方が切れる川」です。

 ついでにいえば「さい川」は「さひ川」で、語源はアイヌ語の「サッ・ピ・ナイ」で「渇く・石ころの・川」だそうです。皆さん現地で確かめてみましょう。

 それにしても誰が「オ・ナ・ツイ・ぺ」に「女遊戸」などという漢字を当てたのでしょうか。罪作りな話ですね。
 ともあれ、本書は会員必読の書と思えます。


定価3000円+税。注文は直接菅原進さんへ。
電話 0195−78−2688 (fax共用)0195−78−3268


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