菅 原 進 著『随想 アイヌ語地名考』
(増補改定版)より



…女遊戸(おなつぺ・おなっぺ)…
 宮古市崎山町に「おなつぺ(おなっぺ)」の地名があります。
 この「おなつぺ」は、ユニークな地名であり、その解釈については、これまでにこの道の識者の方々からいろいろな解釈事例が寄せられております。
 和語地名説では、昔、この地方にはやり病が広がった時に、はやり病から女子供を譲る必要に迫られ、ここに保護施設を建てて一時的に隔離して収容した所であり、「おなつぺ」とはそのことを意味する和語地名であるといわれております。

 現地を訪れてみると、ここを流れている川の本流は、上ての雄又峠を水源とする箱石川〈全長約 6km〉であり、一年を通じて水涸れすることのない健康な川であります。
これに対して、この川の川口から数百m上流の所に、左岸の方から流れ下る「さい川」が合流しています。この「さい川」の方は、大雨の日にだけ水が流れ、晋段は、川尻付近が水涸れして川底が白く乾いて見えています。
 集落名としての「おなつぺ」はこの合流地点の周辺地域を指します。また、川としての「おなつぺ川」は、これら二つの川の合流地点から下の箱石川の下流城のことであります。

 これまでのところ、地名の「おなつぺ」の意味は、アィヌ語の「オ・サッ・ぺ」(川尻が・涸れる・川)」と同じであると解される…といわれてきました。
 ところが、アィヌ語の「オ・サッ・ペ」がどうして、「おなつぺ」と、別に呼ばれなければならないのか…
という質問に対して、これまでは、「なるほど」と、すなおに納得できるような解答が聞かれませんでした。
 この宮古市の「おなつぺ」については、フィールドワークを行えばわかることですが、
その語源となったのは、一年を通して水涸れすることのない本流の「箱石川」ではなく、
「おなつぺ」の集落の所で「箱石川」に合流する支流の川で、大雨の時以外は川尻の方でいつも水涸れ現象を見せている「さい川」の方であることが明らかであります。

 この「おなつぺ」の解釈は次のように解するのが本当だろうと考えられます。
「おなつぺ」の語源は、=アィヌ語の「オ・ナ・ツィ・ぺ(o・na・tuy・pe)」で、
その意味は、川尻・の方が・きれる・者(川)」だと思います。
 古代のエミシの人たちは、こうした現象を敏感に観察し、枝川の川尻がきれて本流の川に繋がらなくなるということを重視し、この川の名を「オ・サッ・ぺ…川尻が・涸れる・者)」と区別して、
別に「オ・ナ・ツィ・ぺ(川尻・の方が・きれる・者)」と呼んでいたものと考えられるます。
 …ということは、つまり、この川は、同じ渇水現象が見られる川でありながら、
「オ・サッ・ぺ(川尻が・涸れる・者)」と呼ばれている川と、どこかに違うところがあるということで、わざわざその呼び名を別にして「オ・ナ・ツィ・ぺ」と呼んでいたもののようであります。
 ところで、その「オ・ナ・ツィ・ぺ」が、なぜ「オ・サッ・ぺ」と区別して別の名で呼ばれていたのか…
ということを、ここではっきりさせますと、それぞれの特徴に次のような違いがあることがわかります。


撮影 あんべ

 「オ・サッ・ぺ」の方は、本流であろうと、支流であろうと、
渇水期になると川尻に水がなくなって 「川尻が渇く川」になるということで、このように呼ばれていたものと思われるのです。
 ところが、「オ・ナ・ツィ・ぺ」の方は、本流をさかのぼって行って支流に入って行こうとすると、
その支流が川尻近くで水涸れして流れが部分的にきれてしまい、本流の流れに繋がらなくなり、
しかも、その流れがきれて水なし川になっている部分を通り過ぎると、
その川上の方には何もなかったように川の水が流れているという現象を呈している川であります。
 …ということで、「おなつぺ」と「おさっぺ」とはこのようにその名が区別されて呼ばれていたものと解釈されるのです。

 実際に、この「さい川」は、「おなつぺ」の集落を通り抜ける所で、
本流の「はこいし川」に合流している支流でありますが、
その支流が大雨の時には水が流れて本流に繋がるのですが、
それ以外の晴天続きの日には川尻付近で流れがきれてしまい、
本流に繋がらなくなる現象を見せています。
 この現象は、まさに、アィヌ語の「オ・ナ・ツィ・ぺ」であり、
その意味は、「川尻・の方が・きれる・者(川)」という言い方にぴたりと当てはまります。

 ちなみに、釜石市両石町の「女遊部(おなつぺ・おなっぺ)」も、宮古市崎山町のこの「女遊戸」と発音が同じで、そこを流れる川が、晋段は水涸れして本流の水海川との繋がりがきれていて、大雨が降った時にだけ水が流れ出して本流の水海川に繋がります。
まさに、この川も、宮古市のそれと同じ「オ・ナ・ツィ・ぺ」にほかなりません。

 ここで、念のため断っておきますが、以上に説明したように、
「オ・サッ・ぺ」と「オ・ナ・ツィ・ぺ」は、互いに対立する概念ではなく、
「オ・ナ・ツィ・ぺ」は、広義の「オ・サッ・ぺ」の類型のうちの一形態であると考えられます。
したがって、久慈市の「長内川」のようにその形が典型の「オ・ナ・ツィ・ぺ」の形であるにもかかわらず、その名が「おなつぺ」とは呼ばれずに、「オ・サッ・ナィ(川尻が・渇く・川)」ということで、「おさない川」と呼ばれているケースもあるわけであります。



…さい川(さいがわ)…
 「女遊戸(おなつぺ)」の地名のルーツは、「おなつぺ」の集落を流れる「さい川」にあると申しましたが、
この「さい川」の名も次のようなアィヌ語系古地名であると解されます。
「さい川」は、元は「さひ川」と書き、その語源は、=アィヌ語の「サッ・ピ・ナィ(sat・pi・nay)」だと思われ、
その意味は、=「渇く・石ころの・川」だと考えられます。
 …と申しますのは、この「さい川」の語源とみられる「サッ・ピ・ナィ」と
「おなつぺ」の語源とみられる「オ・ナ・ツィ・ペ」とは、どちらも同じ「さい川」の渇水現象を表す地名であり、この川の名にこれら二つの呼び方があったということであります。

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