縄文・エミシの遠い記憶から
 
西垣内 堅佑
 
 15の春だった。
 勉学の志のみを抱き単身北海道を脱し、東京へ向おうとしていた。
 雪が溶け、やがて木々や花々が一斉に芽をふき出す。まだ青い季節だったが、旅立ちには良い季節だった。未知なる世界だが、飛び込んで行くには前途洋々の道が開けているように思えた。
 青函連絡船から北海道に別れを告げ、海を渡り青森に着き、あとは一直線、東北本線で東京へと走り始めた。
 東北は祖父の地であったが、どこにも寄らず、素通りして東京へとすべり込んで行った。
 後になって知ったことだが、東北は縄文文化の宝庫であった。知らなかったとはいえ、その時は、そのような事柄に目をやる事も無かったのであった。

  東京では多くの事を学んだ。
 当時お決まりのマルクスも学んだ。やがて心の世界を求め親鸞・道元とつきすすみ、タントラヨガをやるようになって、チャクラが開き、光に包まれたあちら側の世界を垣間見、永遠の至福に浸る事もできた。
 そうではあったが、若き日の私にとってとりわけ、傾注し学びつくそうと考えたのは、縄文文化についてではなかったかと思う。
 縄文文化に関心を持つようになったのは、1970年代に入ってからである。
 いま振り返ると、自分の育った地の北海道や祖父を育んだ東北にもう少し目を向けていれば、15の春の時、東北を素通りすることもなかったし、もっと縄文文化についての認識が深まっていただろうと思う。灯台下暗しとはこのようなことを言うのかもしれない。
 それにしてもどうして東北を通り過ぎてしまったのだろう。縄文文化のことを知らなかったということがあったにせよ、祖父の地なのだから寄ってもよさそうにとも思う。
 明治維新以降、日本の文化の中心は東京であった。私が上京したての頃も、東北から東京へ出稼ぎに来る人が多かった。東北は、遅れた所と見なされ暗く貧しいイメージが強かった。
 そんなこともあって、私が上京する際も東京へと一直線に向ったのかもしれない。
 しかし、後年、東北へ行ってわかったことであるが、東北はとても緑豊かで、明るい所であった。森もうっそうといたるところに残っていて、気が満ちた気持の良い所だった。
 かって東北の王朝化の過程で、坂上田村麻呂がエミシ征服戦争を開始した時、果敢に抵抗したのはアテルイやモレの一党であった。彼らの故郷、岩手県水沢市などは、特に豊かな土地なのだ。
 かって暗くて貧しい土地というイメージしか持っていなかったのに、実際に東北を行ってみると抱いていたイメージとはまるで大違いだった。

  ところで、現代という時代は、戦争の時代であり、環境問題、人口爆発問題、エネルギー問題、南北問題、貧富の差の拡大の問題、神経症、人の病の激増の問題等々うんざりする程種々の問題を抱えている。
 しかし、縄文時代を調べてみると、ほとんどこの様な問題を抱えていたとは思えないのである。
 縄文文化にのめり込んで行ったのは、遮光土偶の怪しさに惹かれていったということもあるが、それだけではなく、現代我々が抱えている課題に対する回答がここにあるのではないかと考えたことにもよる。
 かって、旧石器時代に、今のインドネシアあたりを中心にスンダランドと名付けられた大陸が存在していた。そのころは沖縄列島も陸地化していたと思われる。旧石器人はスンダランドなどから日本列島(当時は現在の列島ではなかったかもしれないが)にも移動した。
 また、シベリアのバイカル湖周辺から、1万数千年前日本列島への人の移動があり南下した人達が、東日本に定着し森の文化を作り出していった。
 他方で、縄文文化の幕開けとなった九州上野原にみられる文化は、火山の爆発で全滅し、火山灰は西日本に降り注いだ。生き残った者は北上したため、ますます東日本に人口が集中し、東日本が縄文文化の中心となっていった。
 春秋戦国の戦乱を逃れる人が大陸から渡来、米文化をもたらした。
 縄文晩期に、今の大阪湾や、奈良の盆地にあった海水や湖水が、どんどん水が引いて行き、泥土の水田に適した土地に変わっていった。
 弥生の米文化は誠に好条件の中で日本列島に浸透して行った。古墳時代が経過し、大和を中心に王朝文化の時代がやってきた。
 やがて東北の王朝化が進み、東北縄文の地は征服されエミシと呼ばれるようになり、さらに明治維新以降、ほとんど東北は近代からとり残され、遅れた地とみなされるようになった。

  しかし、それは見かけだけだったのではないか。近代資本主義は、公害を生み、人の身体も人の心も荒し、土地までも荒らした。
 ようやく、気がつき始めたのだ。東北エミシー縄文の豊かさを。
 声高らかに叫んでよいのだ。東北から、エミシから縄文からもとの生き生きした生命の世界を復原しようと。
 ようやく老いを感じるようになった今日この頃になって、15の春には関心もなかった、あの豊かで生命が充実していた遠い縄文やエミシの記憶がふつふつと泉のごとくふき出してくる。
 永遠のロマンなのかもしれないが、大切にしたい遠い記憶である。






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