その品に接し、手に取り、絵を描く事でそれを作った古代の人達の意欲や思いが伝わって来ます。
昨年スタートしたこのシリーズには、私の感想を載せていませんでした。しかし、某会員の「あなたの感動が書かれていないのは、おかしい」との指摘を受け、見返してみて、ナルホドその通りだ、と反省しました。
長内三蔵親分の背中を見ながら、私の感じた事を−−感想−−として書いてみました。
『とぎれれば何も見えて来ない、続けていれば見える事もある。どなたでもどんな事でも宜しい』の言葉に意を強くしています。
佐藤ひさよ

NO1

| 資料名 | おろし金 |
| 入手地 | 山形村 |
| 材料 | ノコギリの歯(鋼)柄はイタヤの木 |
| 制作年代 | 明治時代か |
| 使用方法 | 大根のみならず大きな物、大量の品を下ろしたと思われる。 |
| まつわる話 | 上記の様に思われるのは、柄の先が薄く、どこかスキ間にはさんで固定して使用したものと思われる。 柄が左側に寄り擦る面積の大きくありったけを使いたかったのではないか。 |
| 感想 | 折れたノコ歯の硬い鋼に穴を空け、大根下ろしに再利用だけでも凄いと思ったが、長内さんの解説で柄の位置が、中央では無く、左に寄っている意味や、柄の先も薄くなっていて、どこかにはさんで使用したのでは、との考察の深さには、又々おどろかされた。 又、昔人の柔軟な頭の働きに、我の頭は退化していると実感してしまった。 |

| 資料名 | おろし金 |
| 入手地 | 山形村 |
| 材料 | 空缶 |
| 制作年代 | 不明ながら 大正から昭和 |
| 使用方法 | おろし |
| まつわる話 | 空缶がおろし金の利用。 生姜とか、ニンニク等の小さなものを擦る部分の工夫がある。 『それは、栄養の知識のはじまりが、この村にもやってきたため、と思われる』 釘跡か、四角があるのは、かなりの古さを感じさせる。 |
| 感想 | 空缶が立派な下ろし金になる技と発想の豊かさに感動 |

| 資料名 | 土偶 |
| 入手地 | 山形村下畑八幡宮の近所の畑 |
| 材料 | 土の焼物 |
| 制作年代 | 縄文初期 |
| 使用方法 | お守り |
| まつわる話 | 出土器1万個につき1個有るか無いかの希な品。 女性器を感じさせる模様から女性の持ったお守りと思う。 うず巻状の方は黒く塗ってあり、生まれ生ずるものを感じさせる。 これは何の変哲もない畑の中インスピレーションが湧き、何千年、何万年前の古代人の魂が呼んでいる気がした |
| 感想 | 絵を描くに当り、この土偶を持った親指と人差し指にぴったりとしたかすかなへこみを感じ、三蔵氏の云う、女性のお守りとの確信が深まり、面白かった |
NO4
| 資料名 | 漁の網の重り |
| 入手地 | 山形村 |
| 材料 | 土の焼物 |
| 制作年代 | 縄文時代 |
| 使用方法 | 投網に使用 |
| まつわる話 | 焼物を使用する様になったのは、人間が土器を利用し、統一され、大量に、短期間に、その品が作り易くなった画期的な出来事として、この重りを見る事が出来る |
| 感想 | 焼物が登場する前は、石を使っていたでしょうが、石より焼物を使用する様になったのは、沢山の魚が必要になって、石だけでは重りの数が足りなくなったのでしょうか? |
NO5
| 資料名 | 石器のヤリ先 |
| 入手地 | 早坂平(山形村沼袋) |
| 材料 | 堆積岩 |
| 制作年代 | 旧石器時代(1300年前) |
| 使用方法 | 狩猟 |
NO6
| 資料名 | ヤリ先 |
| 入手地 | 山形村 |
| 材料 | 頁岩 |
| 制作年代 | 縄文前期(1600年前) |
| 使用方法 | 狩猟 |
NO7
| 資料名 | わらじ |
| 入手地 | 山形村川井、土蔵の柱より |
| 材料 | しなのき(まんだ) |
| 制作年代 | 江戸時代初期の建築物から収集 |
| 使用方法 | 信仰の対象か? |
| まつわる話 | わらじを履物として作ったのではない。 きれいに×にゆわえているところ、ひもの長さから、始めからわらじを吊そうとして納めたと思う。 あらはばき信仰が、わらじ信仰に移行したとも考えられる |
| 感想 | かなり古い、コゲ茶色。 わらで作ったわらじと違い、まんだの皮のわらじは、硬質な感じである。実際に使用したのなら、水にも強く、履きこなせば長持ちし、足になじんだステキなわらじと思った しかし、1足にまとめた×印のひもの結び方は、しっかりとした厳粛な作法を感じた。もう、他にはこのようなわらじの例はないのであろうか |
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えみし学会 | 岩手県盛岡市東緑が丘13-1 |
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